
こんにちは、ライターのTAKAHIROです。
以前の記事では、映画『リトル・フォレスト 夏・秋』について綴りました。橋本愛さん演じる“いち子”の、季節とともに生きる姿に胸を打たれた方も多いのではないでしょうか。
今回は、その続編となる『冬・春』篇を観た感想をお届けします。いやもう、橋本愛さんがとにかく素敵すぎる…!
冬ごもりを前にした、いち子の姿
『夏・秋』篇を観た翌日の夜、Amazonプライムで続編『冬・春』篇を再生。子どもが寝静まる21時からが僕の映画タイムなのですが、18時くらいからそわそわしていたのは言うまでもありません(笑)
この映画、本当にじわじわと心を掴んできますね。
冬の小森では、春のうちから越冬の準備を始めるのが当たり前。いち子の「春なのに、冬のことを考えてる。それがずっと続くのよ」というセリフが、深く胸に残ります。
干し柿や干し芋、あずきに大根…。薪ストーブ用のマキも自分で準備し、小屋に保管する。自然と共に生きるというのは、こんなにも手間と時間が必要なんだなと。だけど、いち子はその過程すらも楽しんでいるように見える。それがこの映画の魅力でもある気がします。
キッコの登場で広がる世界
『冬・春』篇からは、松岡茉優さん演じるキッコが本格的に登場。彼女の存在によって物語の空気感が少しだけ変わります。ちなみに僕、松岡茉優さん、かなり好きです(小声)
彼女って、どんな作品でも“ちゃんとそこに存在している”感じがするんですよね。台詞が少なくても、沈黙の中での目線やちょっとした動きに、登場人物としてのリアルな重みが宿っている。『リトル・フォレスト』のように静かな作品では、それが特に際立つんです。
キッコはよくいち子の家に遊びに来て、薪ストーブとこたつに包まれながら、手作りの温かな料理を囲むんです。その時間がね、本当に羨ましくてたまらない。いち子と並んでご飯を食べるキッコの姿を見ていると、彼女の都会的な空気感がこの田舎の風景に少しずつ溶け込んでいくようで、画面の中の時間がまた別の温度を持ち始める。おそらくそれは、松岡茉優さんが持っている“静けさの中にある強さ”みたいなものが、キッコというキャラクターと重なっているからじゃないかと思います。
都会で暮らしているはずのキッコが、あのこたつに収まりながら、湯気の立つ料理を前に微笑んでいる。便利さとは真逆の場所で、でも心がほどけるような時間を過ごしている。その姿は、いち子とは違う立場から「豊かさとは何か」をそっと語りかけてくれている気がしてなりませんでした。テレビもパソコンもスマホもない空間で、ただ人と向き合って時間を過ごす。現代の便利さとは真逆だけれど、そこにこそ本当の豊かさがあるような気がしてなりませんでした。
🎬 映画『リトル・フォレスト 冬・春』作品情報
静かに、丁寧に暮らすことの意味を問いかけてくれるこの作品。東北の山あいの村「小森」で、自分自身と向き合いながら生きる主人公・いち子の物語です。記事の中盤ですが、あえてここで作品情報を紹介しますね!
項目 | 内容 |
---|---|
タイトル | リトル・フォレスト 冬・春 |
公開日 | 2015年2月14日(日本公開) |
上映時間 | 約120分 |
監督・脚本 | 森淳一 |
原作 | 五十嵐大介『リトル・フォレスト』(講談社) |
音楽 | 宮内優里 |
主演 | 橋本愛(いち子 役) |
共演 | 松岡茉優(三沢キッコ 役) 三浦貴大(ユウ太 役) 温水洋一(いち子の父 役)ほか |
配給 | 松竹メディア事業部 |
撮影地 | 岩手県奥州市・衣川地区 |
ジャンル | ヒューマンドラマ/自然派ライフスタイル映画 |
備考 | 『夏・秋』(2014年公開)との2部作構成 |
四季を通して描かれる「小さな暮らし」のなかには、
現代に生きる僕たちが忘れかけた“本当の豊かさ”が、静かに息づいています。
登場する料理が、とにかくおいしそう!
この映画の最大の魅力のひとつ、それは“食”です。
チャパティ、納豆餅、パスタ、そしてキッコの持ってきたカレー…。どれも本当に美味しそうで、観ているだけでお腹が鳴ってしまいそうでした。いち子が丁寧に手間をかけて作る料理は、どこか懐かしく、あたたかい。時短や効率が求められる現代だからこそ、逆に心にしみるものがありました。
突然明かされる母・福子の失踪
物語中盤では、いち子の母・福子から手紙が届きます。そこには、果樹園を始めようかという近況が書かれていましたが、失踪の理由は曖昧なまま。突然、母がいなくなった過去。普通に帰宅したら誰もいなかった、という描写はシンプルながら衝撃的です。そして、ユウ太から「大事なことから目を逸らして生きている」と言われるシーン。いち子の心がまだ揺れていることを象徴しているように感じました。
変化の兆しと、旅立ち
冬の終わり、小森の空のように、晴れと曇りが同居した心を抱えたままのいち子。しかし、物語は春へと進みます。そして予想に反して、いち子は小森を離れる選択をします。残されたキッコとユウ太は、いち子の畑を守りながら「また戻ってくるだろう」と語り合う。
それから5年――。
小森に戻ってきたいち子。キッコとユウ太は結婚し、子どもも生まれていました。いち子もまた、自分の人生を歩んできた様子。ラストでは、神楽舞を踊るいち子の凛とした姿が映し出されます。以前のような“迷い”はもうそこにはなく、しっかりと未来を見つめる彼女のまなざしが印象的でした。
忙しい日々の中で、心を整える映画
『リトル・フォレスト』という作品は、派手な展開こそありませんが、観るたびに心がほぐれていくような力を持っています。たとえ、いち子のような暮らしを現実に選ぶことができなくても、「こういう世界もある」と思えること。それだけで、少しだけ生き方に余白が生まれる気がしました。四季を通して観た『リトル・フォレスト』シリーズ。最後の「春」はまさに転機であり、再生の季節。今だからこそ、こんな静かな映画を観て、自分の生活を見つめなおしてみるのも悪くないと思います。